#8 サインは出ていた

 母の入院4日め。
 母の容態が最悪だった。

 洗濯物を預けた看護師さんから容体を伺い、ガラス越しに見た母の顔が浮腫んでおり、顔色は土色。ゾッとした。その帰りは泣きながらペダルを漕いだ。

 太郎くんは、そんな私の様子を敏感に捉えていた。

 それはわかりやすかった。夜遊び中も、私は呆然としていた。
 まだ太郎くんの左目は完治していなかった。夜遊び時の暗い公園は切り枝や杭にぶつけないよう注意しなくてはならなのに、太郎くんはその杭に頭を打ってしまった。左目をぶつけていないか心配だった。家に戻りすぐに確認すると、傷はなく安心した。気をつけねば。

 そして、私の母への心配や不安が完全に太郎くんへ伝染していた。

 その翌日、太郎くんは朝ご飯を食べなかった。そして2回ほど吐いた。犬が空腹時によく吐く、黄色い胃液と白い泡が混じったアレだ。私のせいだと思った。これではいけないと気を取り直した矢先、母からラインが届いた。文面が明るかった。助かった。太郎くんは空気を読む天才だ。紫禁城の貴族たちに愛されたシーズーのD N A恐るべし。私の瞬時に変わった気が太郎くんへ瞬時に伝染した。その証拠におやつを食べて、遅いご飯も平げた!

 そうだ、私がしっかりしなきゃ。太郎くんに心配させてはいけない!

 その翌日はどうしても朝から会社に行かねばならなかった。太郎くんも夕飯はちゃんと食べたし、太郎くんの朝食は準備して父に任せた。だが、その朝食は食べなかったという。でも、夕ご飯は食べたから大丈夫という父からの事後報告が夕方送られてきた。なら一安心。結局、私が帰ってきたのは夜8時の夜遊び前だった。久しぶりの出社は何かとやることが多く、帰宅も遅くなってしまった。
 尻尾をフリフリ出迎えてくれた太郎くんの左目には緑色の目やにがあり、リビング奥にあるテレビの片隅には嘔吐物があった。父も気づかなかったようだ。出社したことを後悔した。そして3日ぐらい朝ご飯を食べない日が続いた。でも、おやつは食べたし、夕ご飯は完食していたのでさほど心配はしていなかった。ただ、目やにが出た左目が白く濁ってきた。また目の状態が悪くなっていた。

充血している左目。少し白い膜もできていた。

 しかし、母の入院も10日めになると容態も落ち着いてきた。母からは、スタンプや絵文字もいっぱい入ったLINEが届くようになった。太郎くんの食欲も戻り、見事完食! まだ目は見にくそうだったが、いつもの太郎くんに戻った。

 ただ、耳をやたら痒がり始めた。見ると真っ黒だった。これまでの太郎くんの耳はキレイだった。シーズーは外耳炎になりやすく、初代・2代め太郎くんたちも耳掃除には手を焼いていた。でも、この太郎くんは耳が汚れている時は滅多になかった。だから、こんなに黒くて痒がるのは初めてのことだった。

座布団に耳を擦りつけ痒がっていた。

 とはいえ、黒い耳垢も初代・2代め太郎くんで経験済みだった。耳掃除すればすぐに治ると思っていた。

 今思えば、これらが“サイン”だった。

 右目の傷、嘔吐、黒い耳垢……

 免疫力が想像以上に低下していたことの”サイン”だった。

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