#7 太郎くんの追加されたルーティーン

 太郎くんの基本的なルーティーンは守った。

 ただ、私が母の病院に行く時間の夕方6時半〜8時に、太郎くんは1階のリビングでお留守番(厳密には2階で父は寝ているのだが)することになった。
 幸い母の病院は自転車で15分という近い場所だった。それに面会とはいえ、コロナ禍ため面会は基本禁止。着替えと洗濯物の交換ついでに看護師さんに様子を伺うためだけに行くのだった。やがて入院から2週間経つと母の容態も落ち着き、一人で歩けるようになった頃には、たまにトイレや洗面所に行く母の姿を見たり、看護師さんのご配慮で少しだけ会うことができた。
 だから、母の様子を少しでも知りたいがため、私は毎日行った。病院側からすると迷惑だった入院家族だったし、今の医療機関の緊迫状況を考えると自分勝手な行動だったと猛省している。
 しかし当時の私は母の容態を知りたい一心だった。

 そして病院をあとに母の容態に一喜一憂しながら、近くのスーパーで食材を買って家に帰る。そんな毎日だった。

 太郎くんが楽しみにしている私の夕食タイムは、在宅ワークの就業時間により、母の病院前だったり、後だったりした。たとえ病院前に夕食タイムが終わっていても、私が買い物をして帰ってくるから、いつもスーパーの袋を覗き込んでご褒美はないかチェックをしていた。特に、大好物のミニトマトを見つけた時には、大きな目を輝かせて私にねだっていた。

ミニトマト大好き!

 太郎くんは、淋しい時間を楽しい時間に変えていたのかもしれない。

 夜8時半過ぎれば、「夜遊び(=おしっこタイムの我が家での呼び名)」の時間。
 母が入院してから、私が太郎くんの散歩をすることは、ほとんどなかった。これまでも平日は父の役割だったが、土日は私がしていた。しかし、その土日すらも父となった。だから、夜遊びは太郎くんと私との貴重な時間だった。それは太郎くんも同じだった。もっと遠くに行きたいとリードが引っ張られ、私もそれに従った。父と私とではコースも違ったため、私も許せる限り長めの夜遊びを楽しんだ。

 でも夜遊びは、太郎くんにとって「捜索の時間」だというのが、母が入院して2日めに気づいた。

 初日から、時折、遠くを見るようにキョロキョロして立ち止まっていた。そして、家に近づくと両隣の家の玄関を覗き込むように立ち止まっていた。クンクンと空気を嗅ぎ、また、宙を描くようにキョロキョロと。母の入院初日はどうしたのかなとは思っていた。

 その翌日も同じ行動をした。

おかあたん、おかあたん、
どこにいるの? 
どこいっちゃったの?

おとなりの田中さんなら、しってるかな?

クンクンクン
おかあたんのにおい、ここでとまってるんだもん。

おかあたん、どこいっちゃったんだろう
おねえちゃん、わかる?

 翌日も続いた。その翌日も、その翌日も……

 それが太郎くんの追加されたルーティーンだった。

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