序章
おかあたん、おかあたん、どこにいるの?
どこいっちゃったの?
おとなりの田中さんなら、しってるかな?
おかあたんのにおい、ここでとまってるんだもん。
おかあたん、どこいっちゃったんだろう……
おねえちゃん、わかる?
* * *
柿がおいしい季節になった。母の大好物である。そのある日、母は原因不明の菌に侵され、意識を失い、救急車に運ばれた。
その時、駆けつけた救命士に言われた。
「犬は、別の部屋に連れて行ってください」
父が急いで太郎くんを抱っこし、2階の私の部屋に閉じ込めた。
救急車は、お隣の田中さんの家の前に止まっていた。母の搬送先病院が決まるまでの約30分、母は救急車の中のベッドに横たわっていた。
太郎くんは私の部屋で、騒々しい音を頼りに一生懸命理解しようとしていたに違いない。でも、私が救急車を呼んだことが初めてだったことと同様に、太郎くんには理解しようとしてもしきれないことが起きていた。ただわかったことは、「毎日いるはずの母がいない」ということ。
太郎くんがわが家の一員になってから、母がいないという日は一日足りともなかった。父はヘルニアの手術で2、3日の入院を3回繰り返したことはあったし、私も旅行に行ったりと家を空けることはしばしばあったが、母が不在という日は全くなかったから。
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