「大神太郎くん」
すぐに名前が呼ばれた。
若い女性が来た。ネームプレートには「動物看護師」とあった。まずは、問診票に書いたことのヒアリングだった。人間の病院と同じだった。
それからまた30分くらい待った。
太郎くんは車で待っていてよかったと思った。この時間、ずっとこの診察室で一緒に待っていたら疲れてしまう。
「大神太郎くん」
今度は男性の声だった。背の高い少しガッチリした若い先生だった。まだ獣医師になって数年くらいだろうか。気さくで親しみやすい印象の間に、やる気と熱意が感じられた。この先生が担当であって欲しい。直感ってある、波長ってある、と思った。
緊張することもなく、全て自分が伝えたいことを伝えられた。写真、動画、処方薬、全てを見せ、これまでの経緯を全て説明した。
先生はその一つ一つを丁寧に汲み取ってくれ、自身の頭をフル回転させながら、太郎くんの症状をインプット分析していた。
12/17の嘔吐の写真を見せた時の先生の驚き。
レントゲンも撮ってないんですか? という疑問と怒り。
ラプロスを見せた時の、「これは猫用ですよ! ダメです!」と激しい怒り。
先生自身の感情を全て表してくれた。それは、100%獣医師そのものだった。
それは独立開業しているホームドクターには無くなってしまったものだった。独立開業してから、獣医師より経営者になってしまっていたから。
私は泣きそうだった。ホームドクターでは満たされなかった熱意がこの先生にはあり、私の太郎くんを救いたいという一心を受け入れてくれたから。そして私の違和感は間違いではなかったと確信した瞬間だった。
先生は、
「レントゲンとエコーを撮りましょう。その準備をしてきます。太郎くんを連れてきてください」
と言って、診察室へ戻った。
太郎くんは、まだ車の中だった。父に、太郎くんを連れてくるようにラインをした。待合室に姿を現した父も太郎くんも、それまでの時間が長かったため疲労が全面に出ていた。
この病院は、診察室内は付き添い1名だけれど、待合室は特に制限は設けていなかった。これがとても助かった。私一人では重病の太郎くんに負担をかけないよう対応なんてきなかったから。
「太郎くん、はじめまして。がんばろうな!」
先生が呼んでくれた。この先生は本当に動物が大好きで獣医師になったんだな、と心から感じた。この先生も経営者になって欲しくないと頭の片隅で願った。
先生に太郎くんを託した。
それは、太郎くんの生死を心配するくらい長かった……
丁寧に診てもらっているのはわかるけれど、太郎くんの体調が悪化するのではと父も私も心配で全身じっと固まったままだった。早く終わって、太郎くん頑張って、そればかり心の中で繰り返した。
実際どのくらいの時間だったかはわからない。でも、1時間くらいは検査していたと思う。
若い女性の看護師さんが太郎くんを連れてきた。
「太郎くん、がんばったね」
太郎くんはぐったりしていた。父の顔は引きつっていた。「余計なことして!」、セカンドオピニオンを決めた私への怒りだった。
私も、太郎くんがぐったりしてしまった姿を見て後悔した。よくなるためにしたはずなのに、悪化させてしまった。一番恐れていたことだった。
数分後、
「大神太郎くん」
先生が呼び、診察室へ案内された。
父は診察室の外のイスで待ち、私と太郎くんは診察室へ。
診察台に太郎くんを乗せたけれど、もう立つ元気はなかった。
診察台にべたーと伏せをしたポーズ……支えても力がなかった。
「太郎くん、立てないか」
先生は落胆の声でつぶやいた。それはこれからの話すことが悪いことなのだと私は察した。
私は太郎くんを太ももに乗せ、先生の話を聞く体勢を整えた。
「太郎くん、腫瘍があります」
時が止まった。
太ももに重さと温もりを感じた瞬間、私は、太郎くんに聞かせたくない! と思った。
先生に許可をいただき、父に太郎くんと車で待ってもらい、私だけ話を聞くことにした。
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